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芝不器男記念館
芝不器男記念館外観風景
〜芝不器男記念館外観風景〜
 昭和初期の俳壇に彗星のごとく現れ、その天賦の才で注目を浴びた芝不器男の生家を、記念館として保存しています。館内には、不器男直筆の短冊や日記帳などゆかりの品々が展示されています。また、周辺の句碑を巡る「俳句の小径」があり、古い街並や田園風景を楽しみながら芝不器男の句を鑑賞することができます。

延面積 :316.34平方メートル
構 造 :木造2階建
 
芝不器男記念館 芝不器男記念館 芝不器男記念館
芝不器男記念館 芝不器男記念館 芝不器男記念館
 
  芝不器男
 
芝不器男  芝不器男は明治36年(1903)4月19日、北宇和郡明治村(現松野町)松丸で、父来三郎・母キチの五男として生まれました。不器男という名は本名で、父親が論語の「君子不器」(君子ハ器ナラズ=人間は一つの器にとどまらないで、全人的完成をめざすべきであるの意)から命名したと言われています。
 明治43年4月、松丸尋常小学校に入学。5・6年の頃には、子規をはじめ多くの句集を好んで読んでいたといいます。大正12年、東京帝大農学部に入学しましたが、同年9月、夏休み帰省中に関東大震災が起き、以後郷里にとどまり大学を休学、中退。同14年4月に東北帝大工学部機械工学科に転じました。不器男が作句活動に入ったのは12年のころで、14年秋には吉岡禅寺洞の「天の川」1月号で一躍巻頭を飾り、以後同誌に不器男時代が到来します。その後も虚子の名鑑賞を得て一躍注目の的となり、激賞されるようになりました。
きほくのキャラクター  私生活でも太宰文江と結婚し、太宰孫九の婿養子となり順風満帆かと思われましたが病魔に侵され2度の手術ののち昭和5年2月24日、福岡市薬院庄の仮住まいで26歳10ヶ月の短い生涯をとじました。

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