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善光寺薬師堂は医王山善光寺の境内仏堂です。この薬師堂は“室町期の禅宗様式の特徴を備えた建物で、しかも四国では最南端に位置する貴重な物件”として国の重要文化財に指定され、昭和57年(1982)6月30日国庫補助を受け復元修理工事を完了しました。
薬師堂は東面した三間堂で屋根は方形造りです。堂内の中央に四天柱を立てた形式(四本の柱が二本に省略されている)は平安時代以来の一間四面堂の伝統を継承したものと考えられます。
しかし、昭和28年(1953)大修理の際に草葺屋根が瓦葺に、板壁が塗壁に変ったほか、破損箇所が適宜取り替えられていた痕が見えていました。
禅宗建築の様式は禅宗様又は唐様(カラヨウ)ともいい、鎌倉時代になって中国の南宋から禅宗と共に禅宗様の建築が輸入されたので、これと区別するため、在来の様式を和様(ワヨウ)と呼ぶようになりました。禅宗様は建長5年(1253)頃に完成したと考えられています。
まず柱は円柱で礎石上に礎盤を据え、その上に立っていますが、柱の上下には丸みを持ってスボマツタ粽(チマキ)の部分があります。貫(ヌキ)を入れて柱間を固めていますが、これは長押(ナゲシ)を打って貫を用いない和様建築と根本的に違う構造法です。出入口には框(カマチ)を組んだ桟唐戸(サンガラド)を開き窓は曲線の花灯窓(カトウマド)とするなど賑やかな細部が見られるのが普通です。
身舎(モヤ)は正規の組物を組んで軒を支えていますが、柱上にだけ組物を組む和様に対して詰組(ツメグミ)といって柱と柱の間にも同じ形式の組物を置き全体で軒を支える力を表しています。
組物とは斗(マス)や肘木(ヒジキ)(キョウ)とを組上げて順次前方向に突出し持送りの役をなすものであって斗キョウ(トキョウ)とも呼ばれます。斗は立方体の材で下部を繰り込んで、ここで肘木の上に乗り上部は欠き込んで上の肘木を噛んでいます。
斗は一番下の大きな大斗(タイト)と普通の大きさの巻斗(マキト)からなり、他に特殊形のものもあります。肘木は水平に通る腕木で下端が曲線になっています。斗キョウの形や曲線の状況は時代による差がはっきり現れる所であるから年代を判定する場合に最もよい史料となります。組物では壁より前方に出た斗の列の数を手先といいます。つまり、前方に三列出ていれば三手先です。普通三手先を正規の組み方としますが一列の場合は出組(デグミ)と呼びます。また二手先以上になると組物の中に大きな斜材を組み込んで垂れ下がるのを防ぎ、この斜材を尾ダルキ(オダルキ)といいます。構架では虹梁(コウリョウ)の間を太い束(大瓶束)(タイヘイヅカ)で支え構造法をそのまま見せる手法は豪快美を重んずる天竺(テンジク)様式(禅宗様に先立って中国から輸入された仏殿の建築様式)に通ずるものがあります。軒には扇ダルキ(オオギダルキ)といってタルキが放射状に並び、内部では中心部一間四方を最も高くして一枚板の天井とし、その周りは組物とタルキをそのまま見せています。但し、改修後の薬師堂のタルキ割(タルキワリ)は扇タルキではありません。
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